政治インテリジェンスサークル・ripec通信

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永遠の命を手に入れる方法?

 

永遠の命を手に入れる方法?

 

書物短評  : 阿部重雄   「タチーシチェフ研究」  刀水書房

  

 辺鄙な人口の少ない寒村に、一生涯を賭けて石造りの巨大都市ペテルブルクを建造したピョートル大帝(1655~1725)。その情熱は西欧に対し「遅れた」ロシアが、早期に西欧に追い付き・追い越そうとする、市場開放政策=西欧への憧れとして現れ、同時に、また遅れたロシア人としてのコンプレックスから、極 度に反西欧的な、ロシア民族主義・独立路線を走り、西欧諸国にとっての「東の大国の脅威」となっても現れた。このピョートルの性質は、そのまま21世紀のプーチンに引き継がれている。原油開発において、プーチンは子飼いのアルファ社を、ロスチャイルドのBP=ブリティッシュ・ペトロリアムと合併させながら、同時に軍 事的には反西欧の強硬政策を、時に採用する。

 

 

本書は、現代のプーチン=メドベージェフ政権の祖形となったピョートルの、実働部隊として活躍した優秀なロシア官僚B・H・タチーシチェフについての500ページを超える研究書である。同時にタチーシチェフは、21世紀には、もはや現存しない膨大な量のルーシ=ロシアの古文書を読み込み、ロシアについての長大 な歴史書を書き残した学者・歴史家であった。今から300年前のロシアの官僚・知識人・歴史家が、どのような事を考え・感じ、そして、どのような人生を送ったかが、本書のような重厚な歴史研究書によって明らかにされる事は、極めて興味深い。

 

 父アレクセイが40歳代で早世したため、わずか10歳で皇帝に即位したピョートル1世は、事実上母ソフィアの摂政にロシア国家の運営を任さざるを得なかった。政治について無知であった母ソフィアは、側近中の側近である敏腕政治家・外交官ヴァシリー・ゴリツィンに全てを任せた。ロシアに入り込んだロスチャイル ド一族の仮名が、このゴリツィン一族である。

 

成人し自身で政治を司るようになったピョートル1世は、この余りに専横な権力を握る一外交官・政治家が、皇帝権力を侵す事を嫌い、ヴァシリー・ゴリツィンを政治的に追い詰め、最終的には処刑する。まさに反西欧=ロシア国家主義の権化である。

 

一方、巨大都市ペテルブルク建設の費用調達は、ウラル・シベリアでの金鉱山開発によってもたらされる金塊、その金塊に裏付けられた紙幣発行によって維持された。この金鉱山開発を担当し、造幣局の主任鑑定官を務めた官僚が、本書のB・H・タチーシチェフである。

 

そして、当時のロシア国家運営、ペテルブルク建設を担った責任者、タチーシチェフの上司がドミートリ・ゴリツィン公であった。本書には、当時のウラル・シベリア鉱山の開発の模様、造幣局の運営の状況等々が詳しく描かれており、今から300年前の、ロシア帝国へのロスチャイルド一族の「食い込み方」が、つぶさに 見て取れる。余りに目立ち過ぎたために、敏腕政治家・外交官ヴァシリー・ゴリツィンが処刑される一方で、その縁戚のドミートリ・ゴリツィン公は、しっかりとロシア経済の基盤=鉱山開発と造幣局を掌握していた。

 

ここには、ロシア国家主義を称揚するために時に、ロシア・ロスチャイルド一族を処刑しながらも、ロシアが本質的にロスチャイルドに反旗を翻す事が出来ないでいる状況が、良く見えている。それは21世紀の、プーチン政治においても、何等、変化は無い。

 

ロスチャイルドの世界帝国のネットワークについては、ベンジャミン・フルフォードのようにイルミナティ、フリーメーソン等々と言った、宗教的秘密結社の謀略について妄想を巡らせて見ても、デマゴギー以外には、何も見えて来ない。秘密結社の謀略論には、デマだけが存在する。真実は、本書のような重厚な古文書学研 究によって、明らかにされる。

 

 なお、本書では、タチーシチェフの職場である造幣局に、ロシアを代表する大作家アレクサンドル・プーシキンの息子ムシイ・プーチキンが勤め、ピョートル大帝に「可愛がられ、重用されている」様が描かれている。偉大な作家・芸術家は「才能があるために歴史に名前を残すのではない」。時の権力者に可愛がられ、創 作に要する時間を勤労のために費やさずに済むように、生活費を与えられ、権力者の主催する朗読会、展覧会、美術館において作品を発表する機会を与えられるからこそ、大作家・大芸術家は生まれるのである。

 

芸術家の才能とは、時の権力者にシッポを振る、そのシッポの大きさの事を言う。

 

こうした華々しい芸術家の社会の表舞台での活躍とは相反し、タチーシチェフが、1726年頃、ドミートリ・ゴリツィン公のアルハンゲリスコエ村の別邸に通い詰め、そこにある書庫の膨大な古文書の読解に没頭する様が、本書では語られる。現在では、常識として語られる、ロシア人=ルーシ人の北欧起源説は、こうした タチーシチェフ等による古語のべラルーシ文字文書の読解という孤独な作業によって、21世紀に知識としてもたらされたものである。この、いわゆるべラルーシ語のゴリツィン文書と呼ばれる古文書は、その後、繰り返されるロシアの政変・戦争によって散逸し、現在では行方不明となっている。栄耀栄華を謳歌するロシア・ロス チャイルド=ゴリツィンに対し冷徹なまでに批判的であったタチーシチェフは、こうして金の亡者である時の権力者=自己の上司への反逆を、ロシアの源流を追及する古文書読解の形で「生きた」のかも知れない。その後の戦乱によって、栄耀栄華を誇ったドミートリ・ゴリツィン公一族は離散し、行方不明となり、アルハンゲリス コエ村の別邸の書庫・古文書も焼き払われる。金の亡者と権力者は歴史の彼方に消え去ったが、タチーシチェフが孤独の内に書き残した歴史書は残った。その書物によって、21世紀、我々は、古代ロシアの姿を手に取って見る事が出来る。

 

誰が歴史の勝者であるのか、どのような作業が盛者必衰の数千年の時間の中で生き残るのかを、この事実は如実に語っている。

 

その事実が分かる時、金の亡者となる事、権力を渇望する事に、何の意味も無い事が氷解する。

 

 なお、古代ロシアについては、名古屋大学出版会から日本古代ロシア研究会の翻訳で「ロシア古代年代記」が、そして、中村喜和氏の見事な解説による、「ロシア中世物語集」が筑摩書房から出されている。わずか70~80年の限られた時間帯の中に閉じ込められ、その中でしか人生を生きる事の出来ない人間が、その限 界から開放され、数千年前の人間の生きた声を聞き、永世の生の甘露を味わう事を古文書学と言う。

 

 

by AL